« このなかでいちばん | トップページ | 番外編 »

馬車は草地を

「donguri8.m4v」をダウンロード

宮澤賢治原作「どんぐりと山猫」第八回(完)

音楽:柳沼和子 朗読:みさきすずか

そこで今日のお礼ですが、あなたは黄金のどんぐり一升と、塩鮭のあたまと、どつちをおすきですか」
「黄金のどんぐりがすきです」
 山猫は、鮭の頭でなくて、まあよかつたといふやうに、口早に馬車別当に云ひました。
「どんぐりを一升早くもつてこい。一升にたりなかつたら、めつきのどんぐりもまぜてこい。はやく」
 別当は、さつきのどんぐりをますに入れて、はかつて叫びました。
「ちやうど一升あります」山ねこの陣羽織が風にばたばた鳴りました。そこで山ねこは、大きく延びあがつて、めをつぶつて、半分あくびをしながら言ひました。
「よし、はやく馬車のしたくをしろ」白い大きなきのこでこしらえた馬車が、ひつぱりだされました。そしてなんだかねずみいろの、おかしな形の馬がついてゐます。
「さあ、おうちへお送りいたしませう」山猫が言ひました。二人は馬車にのり別当は、どんぐりのますを馬車のなかに入れました。
 ひゆう、ぱちつ。
 馬車は草地をはなれました。木や藪がけむりのやうにぐらぐらゆれました。一郎は黄金のどんぐりを見、やまねこはとぼけたかほつきで、遠くをみてゐました。
 馬車が進むにしたがつて、どんぐりはだんだん光がうすくなつて、まもなく馬車がとまつたときは、あたりまへの茶いろのどんぐりに変つてゐました。そして、山ねこの黄いろな陣羽織も、別当も、きのこの馬車も、一度に見えなくなつて、一郎はじぶんのうちの前に、どんぐりを入れたますを持つて立つてゐました。

 それからあと、山ねこ拝といふはがきは、もうきませんでした。やつぱり、出頭すべしと書いてもいゝと言へばよかつたと、一郎はときどき思ふのです。

|

« このなかでいちばん | トップページ | 番外編 »