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男は横眼で

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宮澤賢治原作「どんぐりと山猫」第四回

音楽:柳沼和子 朗読:みさきすずか

するとその男は、横眼で一郎の顔を見て、口をまげてにやつとわらつて言ひました。
「山ねこさまはいますぐに、こゝに戻つてお出やるよ。おまへは一郎さんだな」
 一郎はぎよつとして、一あしうしろにさがつて、
「え、ぼく一郎です。けれども、どうしてそれを知つてますか」と言ひました。するとその奇体な男はいよいよにやにやしてしまひました。
「そんだら、はがき見だべ」
「見ました。それで来たんです」
「あのぶんしやうは、ずゐぶん下手だべ」と男は下をむいてかなしさうに言ひました。一郎はきのどくになつて、
「さあ、なかなか、ぶんしやうがうまいやうでしたよ」
と言ひますと、男はよろこんで、息をはあはあして、耳のあたりまでまつ赤になり、きものゝえりをひろげて、風をからだに入れながら、
「あの字もなかなかうまいか」ときゝました。一郎は、おもはず笑ひだしながら、へんじしました。
「うまいですね。五年生だつてあのくらゐには書けないでせう」
 すると男は、急にまたいやな顔をしました。
「五年生つていふのは、尋常五年生だべ」その声が、あんまり力なくあはれに聞えましたので、一郎はあわてゝ言ひました。
「いゝえ、大学校の五年生ですよ」
 すると、男はまたよろこんで、まるで、顔ぢう口のやうにして、にたにたにたにた笑つて叫びました。
「あのはがきはわしが書いたのだよ」一郎はおかしいのをこらえて、
「ぜんたいあなたはなにですか」とたづねますと、男は急にまじめになつて、
「わしは山ねこさまの馬車別当だよ」と言ひました。
 そのとき、風がどうと吹いてきて、草はいちめん波だち、別当は、急にていねいなおぢぎをしました。
 一郎はおかしいとおもつて、ふりかへつて見ますと、そこに山猫が、黄いろな陣羽織のやうなものを着て、緑いろの眼をまん円にして立つてゐました。やつぱり山猫の耳は、立つて尖ってゐるなと、一郎がおもひましたら、山ねこはぴよこつとおぢぎをしました。一郎もていねいに挨拶しました。
「いや、こんにちは、きのふははがきをありがたう」

底本 : 筑摩書房刊 「校本宮澤賢治全集 第11巻」

Dongri_3_2  どんぐりと山猫Ⅱ 音声版

[宮沢賢治]  [童話]  [山猫]

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