めんだうなあらそひ
宮澤賢治原作「どんぐりと山猫」第五回
山猫はひげをぴんとひつぱつて、腹をつきだして言ひました。
「こんにちは、よくいらつしやいました。じつはおとゝひから、めんだうなあらそひがおこつて、ちよつと裁判にこまりましたので、あなたのお考へを、うかがひたいとおもひましたのです。まあ、ゆつくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。どうもまい年、この裁判でくるしみます」山ねこは、ふところから、巻煙草の箱を出して、じぶんが一本くわい、
「いかがですか」と一郎に出しました。一郎はびつくりして、
「いゝえ」と言ひましたら、山ねこはおほやうにわらつて、
「ふゝん、まだお若いから、」と言ひながら、マツチをしゆつと擦つて、わざと顔をしかめて、青いけむりをふうと吐きました。山ねこの馬車別当は、気を付けの姿勢で、しやんと立つてゐましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりにこらえてゐるらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。
そのとき、一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるやうな、音をきゝました。びつくりして屈んで見ますと、草のなかに、あつちにもこつちにも、黄金いろの円いものが、ぴかぴかひかつてゐるのでした。よくみると、みんなそれは赤いすぼんをはいたどんぐりで、もうその数ときたら、三百でも利かないやうでした。わあわあわあわあ、みんななにか云つてゐるのです。
「あ、来たな。蟻のやうにやつてくる。おい、さあ、早くベルを鳴らせ。今日はそこが日当りがいゝから、そこのとこの草を刈れ。やまねこは巻たばこを投げすてゝ、大いそぎで馬車別当にいひつけました。馬車別当もたいへんあわてゝ、腰から大きな鎌をとりだして、ざつくざつくと、やまねこの前のとこの草を刈りました。そこへ四方の草のなかゝら、どんぐりどもが、ぎらぎらひかつて、飛び出して、わあわあわあわあ言ひました。
馬車別当が、こんどは鈴をがらんがらんがらんがらんと振りました。音はかやの森に、がらんがらんがらんがらんとひゞき、黄金のどんぐりどもは、すこししづかになりました。見ると山ねこは、もういつか、黒い長い繻子の服を着て、勿体らしく、どんぐりどもの前にすわつてゐました。まるで奈良のだいぶつさまにさんけいするみんなの絵のやうだと一郎はおもひました。別当がこんどは、皮鞭を二三べん、ひゆうぱちつ、ひゆう、ぱちつと鳴らしました。
空が青くすみわたり、どんぐりはぴかぴかしてじつにきれいでした。
底本 : 筑摩書房刊 「校本宮澤賢治全集 第11巻」
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