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このなかでいちばん

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宮澤賢治原作「どんぐりと山猫」第七回

音楽:柳沼和子 朗読:みさきすずか

一郎はわらつてこたへました。
「そんなら、かう言ひわたしたらいゝでせう。このなかでいちばんばかで、めちやくちやで、まるでなつてゐないやうなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです」山猫はなるほどといふふうにうなづいて、それからいかにも気取って、繻子のきものゝの胸(えり)を開いて、黄いろの陣羽織をちよつと出してどんぐりどもに申しわたしました。
「よろしい。しづかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちやくちやで、てんでなつてゐなくて、あたまのつぶれたやうなやつが、いちばんえらいのだ」
 どんぐりは、しいんとしてしまひました。それはそれはしいんとして、堅まつてしまひました。
 そこで山猫は、黒い繻子の服をぬいで、額の汗をぬぐひながら、一郎の手をとりました。別当も大よろこびで、五六ぺん、鞭をひゆうぱちつ、ひゆうぱちつ、ひゆうひゆうぱちつと鳴らしました。やまねこが言ひました。
「どうもありがとうございました。これほどのひどい裁判を、まるで一分半でかたづけてくださいました。どうかこれからわたしの裁判所の、名誉判事になつてください。これからも、葉書が行つたら、どうか来てくださいませんか。そのたびにお礼はいたします」
「承知しました。お礼なんかいりませんよ」
「いゝえ、お礼はどうかとつてください。わたしのじんかくにかゝはりますから。そしてこれからは、葉書にかねた一郎どのと書いて、こちらを裁判所としますが、ようございますか」
 一郎が「えゝ、かまひません」と申しますと、やまねこはまだなにか言ひたさうに、しばらくひげをひねつて、眼をぱちぱちさせてゐましたが、たうたう決心したらしく言ひ出しました。
「それから、はがきの文句ですが、これからは、用事これありに付き。明日出頭すべしと書いてどうでせう」
 一郎はわらつて言ひました。
「さあ、なんだか変ですね。そいつだけはやめた方がいゝでせう」
 山猫は、どうも言ひやうがまづかつた、いかにも残念だといふふうに、しばらくひげをひねつたまゝ、下を向いてゐましたが、やつとあきらめて言ひました。
「それでは、文句はいまゝまでのとほりにしませう。」

底本 : 筑摩書房刊 「校本宮澤賢治全集 第11巻」

Dongri_3_3  どんぐりと山猫Ⅲ 音声版

[宮沢賢治]  [童話]  [山猫]

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宮澤賢治原作「どんぐりと山猫」より第三話 音楽:柳沼和子 朗読:みさきすずか [続きを読む]

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