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そこは・・・

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宮澤賢治原作「どんぐりと山猫」第三回

音楽:柳沼和子 朗読:みさきすずか

 一郎はまたすこし行きました。すると一本のくるみの木の梢を、栗鼠(りす)がぴよんととんでゐました。一郎はすぐ手まねぎをしてそれをとめて、
「おい、りす、やまねこがここを通らなかつたかい」とたづねました。するとりすは、木の上から、額に手をかざして、一郎を見ながらこたへました。
「やまねこなら、けさまだくらいうちに馬車でみなみの方へ飛んで行きましたよ」
「みなみへ行つたなんて、二とこでそんなことを言ふのはおかしいなあ。けれどもまあもすこし行つてみやう。りす、ありがたう」りすはもう居ませんでした。たゞくるみのいちばん上の枝がゆれ、となりのぶなの葉がちらつとひかつただけでした。
 一郎がすこし行きましたら、谷川にそつたみちは、もう細くなつて消えてしまひました。そして谷川の南の、まつ黒な榧の木の森の方へ、あたらしいちいさなみちがついてゐました。一郎はそのみちをのぼつて行きました。榧の枝はまつくろに重なりあつて、青ぞらは一きれも見えず、みちは大へん急な坂になりました。一郎が顔をまつかにして、汗をぽとぽとおとしながら、その坂をのぼりますと、にはかにぱつと明るくなつて、眼がちくつとしました。そこはうつくしい黄金いろの草地で、草は風にざわざわ鳴り、まはりは立派なオリーヴいろのかやの木のもりでかこまれてありました。
 その草地のまん中に、せいの低いおかしな形の男が、膝を曲げて手に皮鞭をもつて、だまつてこつちをみてゐたのです。
 一郎はだんだんそばへ行つて、びつくりして立ちどまつてしまひました。その男は、片眼で、見えない方の眼は、白くびくびくうごき、上着のやうな半天のやうなへんなものを着て、だいいち足が、ひどくまがつて山羊のやう、ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだつたのです。一郎は気味が悪かつたのですが、なるべく落ちついてたづねました。
「あなたは山猫をしりませんか」

底本 : 筑摩書房刊 「校本宮澤賢治全集 第11巻」

[宮沢賢治]  [童話]  [山猫]

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